近代化の中で
目まぐるしく進化する現代社会において、私達はストレスや心の渇きを覚え、精神的な休息の場を要求している。その様な中で利便性の追求や、物質面の豊かさを強調した新しい住宅が次々に生まれているが、精神的対応を考慮した建物は、皆無に等しいと思えてならい。
今、住宅にそれを求めるならば、忘れ去られようとしている「陰翳」を取り戻す事でなかろうか。
「陰翳」は現代社会の強烈な刺激を中和してくれ、暮らしの中に溶け込んで、薄らぎ、濃くなりながら、ゆったりとした時の移ろいを感じさせてくれる。この空間こそが、現代人の要求する癒し・安らぎを持った、理想の住まいと言えるだろう。
私の数寄屋造り
一般的に数寄屋造りと言えば、ホテル・旅館・料亭などを思い浮かべる人も多い。宿泊や遊興を目的とした建物は、昼中、無表情で沈黙していて、まるで人の気配を感じさせないが、宵やみがせまり、明りが入ると、闇を演出した空間は生き生きとよみがえる。打ち水がされ、清められた佇まいは、粋派手で艶気さえ感じさせる。
しかし、私の目指す数寄屋住宅は決してこのようなものではない。粋や派手さが影を潜め、控えめで楚々とした中に、住む人の人柄やセンスを偲ばせるような数寄屋であり、多様化した現代の生活スタイルに柔軟に適応できる住まいである。
結びに
先年の旅行で、グラナダ・サクロモンテの丘(スペイン)を訪れた時に見たアラブ人街の白い壁は、今でも強烈に私の目に焼き付いている。
このぶ厚い壁の持つ安定感やぬくもり・安らぎは、決して西欧建築やイスラム建築のみが保有するものではなく、日本の数奇屋にも充分通用するものだと確信した。
そして今、伝統的なデザインの呪縛から解き放たれた私は、自由でシンプルな構成の中に、適度な「陰翳」を取り入れた、新しい数寄屋建築を目標とし、失われた日本人の持つ精神の回帰に、一役買って出たいと思っている。
高務 治彦